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オルゴールワールド(原案:タモリ氏、絵と文:にしのあきひろ氏)

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僕が恋した少女は、「好き」という言葉がない国で育った。けれど、少女は、美しい音楽を知っていた——。

絵本:オルゴールワールドより

キングコングの西野亮廣さんがインスタグラムに絵本を無料で載せています。

「画像の無断転載OK!」とのことだったので、このブログでも絵本の内容をご紹介します。

タモリさんの発案を、キングコング西野さんが物語に仕立て、黒いペン1本で絵本にした作品です。

序章

カンパネラ爺がこしらえているラッパはな、えれぇ昔に工場の屋根をつきぬけて、いまじゃ空中帝国から空にむかってビヨーンととびだしとるが、それでもまだまだ完成しとらんのだと。

カンパネラ爺は、そのラッパのさきっちょで、もう50年も工具をふりまわしとる。そげな場所で足をすべらせたら、5 0 0 0 メートル下の『森』へとまっさかさま。ひとたまりもない。

ところがどっこい、まわりの心配なんのその、きょうもラッパの大工事。
どんな言葉をかけようと、カンパネラ爺の返事はいつも決まってこうじゃった。

「ちょっくら奇跡に用がある」

本章

カンパネラ少年は、学校が終わると、まっすぐにサンセット通りの科学塾にむかいます。

『魔法ごっこ』をしてあそんでいるともだちをよこ目に、「魔法なんてウソっぱちだ」と、この調子。勉強が大好きなカンパネラ少年が信じているのは、目に見えるものだけでした。

「ごはんよ。おりてきなさい、カンパネラ」
「ちょっとまって、母さん。となりの星にハシゴがとどきそうなんだ」

カンパネラ少年は、星空でおこなわれている赤いハシゴの工事に夢中です。科学塾から帰ってきては、ばんごはんもそっちのけで、望遠鏡をのぞいてばかり。

ある日のこと。
その日は、遠くの『えんとつ町』からあがったけむりの量が多くて、星空をうまくのぞくことが
できませんでした。しかたがないので、カンパネラ少年は望遠鏡のむきを変えることにしました。

そのときです。

とめていたネジがゆるみ、望遠鏡のさきがくるりと下をむきました。
空中帝国の足もと5000メートルには、うっそうとひろがる『森』があります。

「そういえば、『森』はどうなっているんだろう?」

カンパネラ少年は、そのまま望遠鏡をのぞきこみました。

なん千年も昔、人間は海から生まれ、あの『森』で暮らした時期があったといいます。これは、空中帝国に住む現代の人間にはかんがえられないことでした。『森』は悪性の細菌だらけで、とても人が住める環境ではないからです。

年に数回、防護スーツに身をつつんだ帝国の調査隊が、『森』へおりているといううわさもありますが、だれひとりとして、そのすがたを見た人はいません。

「『森』には、いったいなにがあるんだろう」

『森』の観察をはじめてから、1週間ほどたったある日のこと、カンパネラ少年は、たいへんな発見をしました。

『森』の奥にある湖のほとりに、カンパネラ少年とおなじ年くらいの赤毛の女の子がヒョッコリとあらわれたのです。

「どうして『森』に人間がいるんだ?」

さらにおどろいたことに、女の子は防護スーツを着ていませんでした。
人間は『森』では生きられないはずです。学校ではそう習いました。

しかし望遠鏡には、『森』の中で笛をふく女の子のすがたが、たしかにうつしだされていました。

その日から、カンパネラ少年は、『森』にむけた望遠鏡を毎日のぞくようになりました。
観察をつづけていると、いろんなことがわかってきました。

『森』にはおとなの男の人や女の人も暮していました。空中帝国とおなじような暮らしが、そこにあったのです。

しかし学校では、あいかわらず、「『森』は細菌だらけで人間は住むことができない」と習います。これは、いったいどういうことでしょう?

あれから月日がたち、カンパネラが30歳になったとき、
帝国の極秘任務として『森』の地質調査をまかされました。
調査隊は防護スーツに身をつつみ、高速エレベーターで5000メートル下へおりていきます。

調査隊員になったとき、カンパネラは人類の進化の歴史をしりました。

700年まえ、人口の増加にともない、超高層ビルが立ちならびました。それでも人口においつかないため、ビルはどんどん高くなる一方でした。やがて、ビルの上層階どうしが蜘蛛(くも)の巣のようにつながっていき、あっというまに空中帝国が生まれました。

多くの人間は、進化したゆたかな生活をもとめ、空中帝国へとうつり住みましたが、一部の人間は『森』にのこり、『森』とともに生きる暮らしをえらびました。

空中帝国に住む人間と『森』に住む人間は、そのときにわかれてしまったのです。

空中帝国に住む人間は、空中帝国で生まれて、空中帝国で死んでいくことをくりかえしていくうちに、「人間の住む場所は、空中帝国だ」と信じてうたがわなくなりました。

しかし、カンパネラはこどものころ、たしかに赤毛の女の子を見ました。
『森』にも人間は住んでいるのです。

『森』におり立ったカンパネラは、突然、背中のジェットを噴射させてとびあがりました。
おどろいたのは、まわりの研究者たち。

「みなさん、ごめんなさい」
みんなの制止も聞かず、カンパネラは隊からはずれました。
いきさきは決まっていました。

湖のほとり、あの赤毛の女の子がいたところです。
望遠鏡で女の子を見つけた日から20年間、ずっとこの機会をうかがっていたのでした。

半日もすると、ようやくそこに着きました。あのとき望遠鏡で見たまんま、湖のほとりはコケでうめつくされています。
ここで防護スーツをぬいだら、免疫力のない空中帝国の人間は、ひとたまりもありません。
カンパネラは岩場に腰をおろし、地上5000メートルにある空中帝国を見上げました。
そのときでした。

「だれだ!」

ふりかえると、『森』の住人たちがならんでいました。
その中心に、赤毛の女が立っていました。まちがいありません。あのときの女の子です。
「なにものじゃ!」
大男が大きな声をあげました。

赤毛の女は一歩まえに出て、いいます。
「森のものではなさそうね。なんの用かしら?」

カンパネラはとっさに言葉をかえします。
「キミに、あいにきたんだ」

「なにをいっているんだ」と『森』の住人たちはにらみつけてきました。
が、赤毛の女は、顔色ひとつ変えません。
「ウソおっしゃい。外からきたものが、どうして私をしっているの?」

カンパネラは大きく息をすってきもちをととのえ、こたえました。
「むかし、あの岩のうえで笛をふいてたろ?」
赤毛の女は目を丸くしました。

赤毛の女がカンパネラにちかよります。

「あなたは、どうして私のこどものころをしっているの?」
「そのころのキミをずっと見ていたからさ」
「どこから?」
「空から」
カンパネラは空中帝国をさしていいました。

「ぼくは、空から来たカンパネラだ」

赤毛の女の名は『ヨナヨナ』といいました。
カンパネラはヨナヨナに空中帝国の存在をつたえました。

『森』の人間たちは、空に人間が住んでいるなんて、古いいいつたえだと思っていたようです。
ながい時間が、おたがいの存在を消してしまったのでしょう。

「キミたちのからだは、『森』に住んでいても、なんともないのかい?」

「おかしなこというわね、カンパネラ。人は森とともに生きるものよ」

「ぼくの世界ではそうじゃない」

「空中帝国には森はないの?」

「あるけれど、それは殺菌された人工の森さ。空中帝国に住むぼくたちのからだでは、自然の森で暮らすことはできない」

ふたりは、おたがいが暮らす世界のことを話しあいました。
そのうちに、カンパネラもヨナヨナもおなじことを思うようになります。
“どうして、人間の世界がふたつにわかれたんだろう?”

ピーヒャララ。

陽がしずんだころ、歓迎のうたげがはじまりました。
ヨナヨナが『森』の住人たちを説得し、カンパネラをむかえいれてくれたのです。

たいこのリズムでおどり、笛や弦楽器(げんがっき)の音色(ねいろ)にのせてうたいます。
シカの親子が顔を出し、ほかのどうぶつたちも陽気な音楽に酔い、とても心地よさそうです。

うたげがいちだんらくすると、ヨナヨナは大きな木の根に腰をおろし、
かばんからアンモナイトの殻をとりだしました。
「それはなんだい?」
カンパネラの質問に、ヨナヨナがこたえます。

「アンモナイトのオルゴール。この森の人間ならだれでも持ってるわ」

殻についているハンドルをまわすと、殻から音楽がながれてきました。
それはいままで聴いたことのない、やさしい音色でした。

カンパネラはしばらく聴きいったあと、「すばらしい音色だね」とニコリと笑って、指でピースサインをつくりました。

「それなあに?」

「しらないのかい? 空中帝国に住む人間は、うれしいことがあったら、こうやって指を2本立てて、うれしさを表現するんだ」

ヨナヨナは、「こうかしら?」とカンパネラをまねて、ピースサインをつくりました。

「アンモナイトのオルゴールは、とてもやさしい音色だね。『森』に住む人たちの暮らしが目に浮かんでくる。空中帝国にはこんなにすばらしい音色はないよ」
「気に入ってもらえてうれしいわ。じゃあ、これはカンパネラにあげる」

ヨナヨナはアンモナイトのオルゴールをさしだしました。
「森のおみやげにどうぞ」

ヨナヨナはニコリと笑って、またピースサインをつくりました。

ふたりは小道を歩きながら、たくさんのことを話しました。
「どうやらぼくは、この『森』が好きになったよ」
「スキ? 『スキ』ってなに?」
「ん? 『好き』は……『好き』だよ」
「しらないわ、そんな言葉」
「ここには『好き』という言葉がないのかい?」
「それはいったい、なんなの?」

あらためて説明をもとめられると言葉につまります。
.
「えっと……たとえなにかを犠牲(ぎせい)にしても守りたい、というきもちのことだよ」

「じゃあ、『スキ』があるいじょう、なにかが犠牲になってしまうことがあるということね?」

ヨナヨナのその言葉は、カンパネラがいままでかんがえもしなかったことでした。

「自分の好きなものをこわす人をうらんだり、自分の大切なものをうばう人をねたんだり……
そうして、空中帝国ではまいにちのように争いがおこっている」

「争いの原因は『スキ』のせいなのね。いますぐ『スキ』なんていう感情はすてるべきだわ」

「それはむりだよ。『好き』という感情は、ながい時間をかけて空中帝国に住むぼくたちのからだにしみついてしまったものだから」

「私には『スキ』というきもちが理解できない。そんなきもちがあることで、犠牲生まれるなんて信じられないわ」

ふたりは、人間の世界がふたつにわかれた原因が、すこしだけわかったような気がしました。

「空中帝国では、『好き』というきもちを持たない人は冷たいといわれる。だけどキミはそうではない。キミはとてもやさしい」

「…………」

「やっぱりぼくたちは住む世界がちがうようだ。このさきも、いっしょになることはないかもしれない。だけどぼくらはおなじ人間だ。たとえ一瞬でも、きっとなにかでつながることができるはずだよ」

「ウフフ。……あなたは阿呆(あほう)ね。でも楽しそう」
「すべてをつなぐ『なにか』をさがさなきゃ」

ヨナヨナと別れ、寝どこに帰る道すがら、『森』の長老パッヘルベルとバッタリあいました。
「おやまあ、すっかり阿呆の目をしとる。なにかあったかの?」

「長老パッヘルベル、どうすれば世界はつながりますか?」

「ヒッヒッヒ。いつの世も、夜明けの鐘(かね)を鳴らすのは、阿呆のしわざと決まっとる」

長老パッヘルベルはかなり酔っぱらっているようです。

「まじめに聞いてください。空中帝国と『森』がつながることはあるのでしょうか?」
「今夜は月がきれいじゃのう」
「……はい。とてもきれいですね」
「ほうら、つながった。月の魔法にまんまとつなげられてしまったわい。ヒッヒッヒ……」

魔法……それはずいぶんひさしぶりに聞いた言葉でした。
「人間がつかえる魔法はなんですか? 世界をつなげる魔法はなんですか?」

「感動じゃよ。ヒッヒッヒッ……」

そう言葉をのこし、長老パッヘルベルは森の奥へと消えていきました。

森の夜は静かです。
その夜、なかなか寝つけなくて、カンパネラは、ヨナヨナからもらったオルゴールをゆっくりと鳴らしました。
やさしい音色に身をまかせ、きょうのことを思いかえします。

『森』の住人たちが楽器をかなで、歌をうたって、歓迎してくれたこと。あのときの『森』の住人たちの顔や、それを見まもるどうぶつたちの顔。

「世界をつなげる魔法はなんですか?」
「感動じゃよ」

カンパネラは気がつきました。

カンパネラはとび起き、玄関の戸をあけ、ヨナヨナのもとへ走ります。

サンゴの森のむこうがわ、グルグル林の木の枝に、ヨナヨナはすわっていました。

「まあ、カンパネラ。眠れないの?」

カンパネラは肩で息をしながらこたえます。
「『好き』でしか人はつながることができないと思っていた」

「どうしたの、カンパネラ?」

「空中帝国では、いまでも争いがおこっている。ヨナヨナのいうとおりだ。それぞれの『好き』がちがうから争いがおこるんだ。なん年たっても、ずっとそのくりかえし。でもぼくらには『好き』という感情を捨てることはできない」
「…………」
「そして、空中帝国と『森』のあいだにある溝は、それよりももっと深い。このままでは世界はずっとバラバラのままだ。だけど……」

カンパネラはヨナヨナをまっすぐに見すえていいました。
「見つけたんだよ、ヨナヨナ」

「……見つけた?」
「いや、もうすでに、ずっとずっとまえからあったんだ!」
「なにがあったの?」

「世界をつなぐ魔法だよ」

「あしたには空中帝国にもどらなきゃいけない。ぼくは勝手な行動をとったから、もう二度とこの『森』にはもどってこられないだろう」

「あなたとすごした時間はとても楽しかったわ。私は、きょうのことをずっとずっとこの森につたえていこうと思う」

「ありがとうヨナヨナ。だけどキミが『森』につたえていく物語は、まだ終わりまでいってないよ。
ぼくらの魔法で世界をつなげるんだ。それが物語の終わり、ハッピーエンドだ」

「魔法か……カンパネラ、あなたはやっぱり阿呆ね」
「魔法がかかっているあいだの、ほんの一瞬だけかもしれないけど、ぼくたちはつながることができる。ぼくがつなげてみせる。キミはそれをつたえておくれ」

「とっても時間がかかりそうね」
「そりゃそうだよ。奇跡をおこすんだから」
そしてふたりは約束をかわしました。

「さあ、世界をつなげよう」

あれから50年……

カンパネラ爺が50年まえからこしらえているラッパは、工場の屋根をつきぬけて、空中帝国からずいぶんと空へとびだしています。
空中帝国のひとびとは、なん十年もかけてラッパをこしらえるカンパネラ爺の行動にすっかりあきれ顔。
しかし、爺はおかまいなし。

「できたぞい」

ついに、だれも見たことがない大なラッパを完成させたのです。
カンパネラ爺は、ヨロヨロとした足どりで、ラッパの根もとへとむかいました。

カンパネラ爺は、机のひきだしから古びたアンモナイトの殻をとりだし、ラッパの根もとにむけました。あのときのオルゴールです。

ハンドルをゆっくりまわすと、アンモナイトのオルゴールからとてもやさしい音色がながれました。

アンモナイトのオルゴールのやさしい音色は、カンパネラ爺が50年かけてこしらえたラッパをとおって、大きな大きな音になり、空中帝国のはしのはしまで鳴りひびきました。

こんなやさしい音色は、いままでだれも聴いたことがありません。
世界のすべてが、とまったかのようでした。

だれもが一度、手をやすめ、その音色に心をうばわれました。

オルゴールの大きな大きな音色は、ちかくの星にもとどきました。

「博士、なんだいこりゃ?」

「音楽だねえ。うん。いい音色だ。ちょいと休けいしようかの」
「オンガク、オンガク」

その音色は、空に住むすべての人間をつつみこみました。そして5000メートル下の『森』であそぶこどもたちにもふりそそぎました。

「ありゃりゃ? 音楽がふってきた。こりゃゆかいだ」
「お婆、オイラたちの好きな音楽が空からふってきたぞー」
「お婆、これは空中帝国から聴こえてくるぞー」
「おい、お婆!」

さわぐこどもたちの奥で、ゆりいすにすわっているひとりの老婆が目に涙をためています。
「どうした、お婆。なにかあったのかい?」

老婆はやさしくこたえたのでした。

「阿呆(あほう)がつなげよったんじゃ」

【おしまい】

著者について

西野亮廣さん。1980年7月3日兵庫県生まれ。99年梶原雄太さんと漫才コンビ「キングコング」結成。「NHK上方漫才コンテスト」で最優秀賞など受賞多数。「日の出アパートの青春」「ドーナツ博士とGO!GO!ピクニック」「グッド・コマーシャル!!(のちに、小説『グッド・コマーシャル』として刊行)「えんとつ町のプペル」ほか、演劇やショートムービーの脚本・演出、クレイアニメの制作も。絵本『Dr.インクの星空キネマ』で世間を驚愕させ、『Zip&Candy ロボットたちのクリスマス』で泣かせた、感動クリエイター。

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